「むかしmattoの町があった」

映画「むかしmattoの町があった」を観てきた。
mattoというのは、イタリア語で精神病者のこと。
「ここは、町の中のちいさな町なんだ」
というセリフができていた。
「mattoの町」とは、つまり精神病院のこと。

映画の前半、1960年代のイタリア、
精神病院は治療の場ではなく収容所だったという。
予告で知っていた拘束や虐待、電気ショックなどのシーン、
キツイんじゃないかと案じていたけど、
どぎつく描かれなくて耐えられた。

精神を病んだからといって、人権や人としての尊厳など
踏みにじられていいはずがない。
いろいろ考えさせられる映画。
多くのひとに観て欲しいと思った。

(加筆するかも…)


追記:2014年2月3日(月)

また、この3月に自主上映会があるというので
公式サイトを観たりして、思い出していた。





この映画は間に休憩時間を挟んで一部、二部合わせて3時間余ある。
公式サイトの「映画の内容」にかなり詳しく書いてあるので、ここで私が書いてもネタバレにはならないだろう。

前半は、劣悪な環境だった「Mattoの町」を改革しようと、一人の医師が立ち上がる話
後半は、新しい形の精神医療のありかたを模索して、患者・精神障害者を病院に閉じこめるのではなく、地域に暮して行けるように、24時間オープンの町なかの精神保健センターに機能を移していく話。

病院が開放的になるにつれて、患者さんたちの様子が生き生きとしていくのが、観ていても気持いい。特に、ラストのバイクに乗って街中を走り回る二人の笑顔がいい。


近ごろは、日本でも、長期の入院患者を退院させ、地域で暮す方向に向いているという。
ただ、問題なのは、受け皿というかサポートする制度が確立されていないこと。
退院後は家族で看てね、と丸投げされても困るのだ。

親はまだいい。覚悟を決めている。出来る限りサポートしようと。一人では生活できない我が子をを守ろうと思っている。でも、親も老いる。自然の流れで行けば親は先に死ぬ。
かといって兄弟姉妹に負わせるのも酷だ。彼らにもそれぞれの人生があり生活がある。

わたしの知っているひと(わたしより何歳か若い人)。年の離れたお姉さんが高校の時に統合失調症を発病し、そのとき彼女は小学生だったという。陽性期の症状に、親の目も手も姉にかかっていて、自分は見放されていた、と。姉を憎んだ、と。いまもその時の気持が払拭できないでいる。姉も還暦を過ぎ、いま母親と暮しているけれど、母親も高齢で認知性の症状がではじめていている。精神障碍のある姉には母親を介護する事が出来ない。いつまで二人で暮していけるか分からない…。自分は母親は気になるけれど、姉のことはどうも熱心に看る気になれないでいる…。本音。

もう一人のひとも(こちらはまだ独身の女性だけれど)、お姉さんが長期入院していて、時々家に帰ってくる。両親は高齢で特に母親の方が病弱で入院したりして、お姉さんが帰宅するときは妹である彼女が面倒をみることになるのだけれど、彼女も仕事をもっているし、身動き取れなくなる。
「今までもずっと辛かったし、これからもまた対策をたてておかなければなりません。私たち家族は看護師として生きるわけではないんですが、関われば関わるほど、関係者はそう見るんですよね」と。

年老いた親が「この子を残しては死ねない」と、
子どもを殺して、無理心中を図るような世の中ではなくて、
兄弟姉妹が自分の人生を犠牲にして面倒を看るのでもなく
障碍を持つものも、必要なサポートを受けつつ
自立して人間らしく生きていける社会
どうやったら作れるのだろう・・・
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by hidaneko | 2013-06-01 23:01 | みきき | Trackback | Comments(0)
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