カテゴリ:かいご( 306 )

介護について

バーサンを看取って5年になる。
もう5年か〜。あっという間の気もするけど・・・

最近、友達や知り合いで介護生活に入る人が出てきている。
わたしの場合は、身近にそういう経験者もなく、手探りだった。
時流(?)より、数年早かった気もする。その差異。

介護は、ご本人の状態はもとより家族によって違うし一概に言えない。

Aさんは、夫の故郷にいた義母さまを引き取って同居を始めたけれど
まもなく認知症になって、火の元など危ないので施設に入れた、と言っていた。
彼女もパートで仕事を持っていたから、
常に義母さまを見張っていることはできないから。

Bさんは、ご自分の実母さまと離れて暮らしていたけれど、
一人暮らしが無理になってきて、同居しようか迷っていた時
実母さまが認知症になって、一人暮らしが無理になり
どうするのが良いか考えに考え、施設にも何箇所も見学に行って
ある施設に入所ということになった。
けれど、一日置きに、顔を見にいっているという。
「洗濯物もあるし……」と彼女はいうけど、わたしにはできないな、と思った。

また、Cさんは、お父上が認知症になられた、と最近知った。
たぶん、彼女は抱えていたのだろうけれど、多くは語らなかったから
ひょっとしたら、かなり前から「認知症では?」と悩んでいたのかも。
まだ認知症とわかったばかりのようだから、これからが大変だと思う。

わたしの場合は、デイサービスやショートステイなどを利用しながら
バーサンを在宅で看取った。別に愛情が深かったわけじゃない。
施設の入所を考えなかったわけじゃない。
でも有料老人ホームは月20万円するとかで、経済的に無理だった。
特別養護老人ホームは順番待ちの長い列とケアマネさんに言われた。
そう長くは生きないだろう、と思って繋いでいるうちに……思ったより生きたなあ。


介護は、なり始めの時が一番大変だと思う。
それまで元気だったのが、急に(あるいは徐々に?)手助けが必要となる。
それを、ご本人は受け入れがたい。「わたしは自分でまだできる」と思う。
介護する方も、親や連れ合いの老いぼれていくのは認めたくない。
あるいは、現実を受け入れないご本人に腹立たしくなる。
「……自分ではまともなつもりでも、現実はこれこれなんだから、わかってよ!」と。

あのころ、自分に繰り返していたこと。
「怒っちゃダメ、泣いちゃダメ、すねちゃダメ」
「一番辛いのは本人なんだから……」
つい、忘れがちになるから、常に心の中で繰り返していた。

相手は、おいぼれてきてるんだから、怒ってもダメ。
怒っても、相手は意固地になるだけだから、怒っちゃダメ。

泣いちゃダメ。泣いても、周囲(家族)は引いていくだけ、
わたしに寄りつかなくなるだけだし、泣いても問題は解決しない。
でも、解決しないだけに、泣いていたなあ、独りで泣いてた。

拗ねちゃダメ。
「なんで、わたしだけ?」と、つい思うけど
「あの人たちはいいなあ」と、拗ねたくなるけど、
介護をすると決めたのは自分。その道を選んだのは自分。
  「やったことは やりたかったこと
   やらなかったことは やりたくなかったこと」 by 工藤直子
これが、わたしのお守り言葉だった。

>「一番辛いのは本人なんだから……」
わかってる、わかってるけどね……
だけど、ご本人に機嫌よく居てもらうと、介護が楽になる。
不機嫌なイライラした年寄りの相手をするのは、とてもつらいからね。
こっちも、つっけんどんになるし、相手はなお機嫌を損ねる。悪循環。
相手がにこにこだと、こっちも介護がしやすいんだ。
だから、快適に過ごしてもらえるよう、心を配るだけ。

だけど、これを、娘モグにも求めることはしなかった。
彼女には、彼女の体調があるし、彼女が元気でいることは、こっちも楽になることだから。
ほんとは……もっと手伝ってくれたらいいのに、と思うこともあったけど。
     ・
     ・
     ・
介護について、体験談をまとめたいと思いつつ、できないでいる。
辛い時代を思い出すことを、わたしの心がどこかで拒否してるのかな。
失われていく樹木については、日々書けたのに。
もう、何年も、書きかけては止めている。
もう一度、書くことにチャレンジしてみようかな。




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by hidaneko | 2017-07-27 22:22 | かいご | Trackback | Comments(0)

白菊

友達の姉上が亡くなった。昨日のこと。
モグのことで前に相談したことがあって、その件でメールしたら
折り返し、電話があって、「姉が亡くなったの」と。

三日前から精神に不調をきたし、精神科に入院なさっていたとか。
朝、食べたものを誤嚥して、蘇生術もしたけれどダメだったって。
そう、その日の朝のことだったのだ。

心の奥がしーんとする。
姉上は統合失調症で、認知症も入りかけていたという。
聞けば、わたしとそう違わない年齢。
「モグさんとは全然ちがうからね、うち姉のは重症だから。
気にしないでね・・・」

モグのことと結びつけては考えないけれど
友が、姉上のことでとても苦労してきたのを知っている。
友が小学校のころに、姉上が高校生で発病・・・・
多感な時期だけに、まだ母親に甘えたい時期だけに
母が姉にばかりかまっているのが辛かったという。

それがまだ尾を引きずっていて、姉に対して愛情を抱けない、と、
以前聞いたことがあった。
それは、自然な感情だと思う。罪悪感を持つことはないと思う。

最近はお母様も認知症が入って、10分前に言われたことを忘れる。
姉上と二人で暮らすのが無理な状態……。
友は、母と姉、それぞれのために、合う施設を選ぶため、
いくつも見学に行っていた矢先だった。

亡くなった姉上には酷な言い方になるかもしれないけど
最期は特に長く苦しむということもなかったというし、
ほんとに、姉上には悪いけど、これでよかったのでは? と思った。
友の苦労がひとつ減る。肩の荷が、少し軽くなる。
まだまだ、重荷を背負っている彼女・・・

時々は母親の家に泊まりに行っていた友だけど、彼女も仕事を持っている。
姉上は、自分の着るものの管理もできない状態だったという。
季節にあった衣服を選んで着ることができない。
夜中起き出して、不安になって110番や119番に電話してしまって
パトカーや消防車が何台も来たり、そんな事件も何度も。
その度に、友は市を横断して、母親の家にかけつける・・・
あるいはまた、姉上は真夜中に時間が気になって、
近所の家を叩いて時間を聞いて回ったり・・・
以前から聞いている、母親と姉上との二人暮らしの様子。
友はさらっと話したけれど、見守る彼女もすごく大変だったと思う。

だから…友の苦労がひとつ軽くなって、よかったと、わたしは思う。
多分、今日がお通夜、明日がご葬儀だろう。
「お通夜も、お葬式も行かないからね」と伝えてある。
彼女も、うちのバーサンの葬儀には来なかったし、
親しくても、義理張らない、そういう仲だから。

こちらの仏壇に線香をあげて、友達の姉上の冥福を祈ってます。
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by hidaneko | 2015-10-22 20:43 | かいご | Trackback | Comments(0)

Nスペ・老衰

Nスペ
「老衰死・穏やかな最期をどうすれば迎えられる」
最新研究が明かす秘密
自然な死を迎える現場

93歳の女性の死を寄り添って取材してる。
だけど、それは、医師や看護師が見守る施設で。
年配の息子さんもそばに付き添ってるけど
介護、見守りは医療関係者、介護関係者がしてた。
その上での延命治療なしという終末。

細胞の老化で、炎症性サイトカイン
様々な臓器で炎症が起き、機能が低下していく
インフラメイジングっていうんだって。
なんちゃらかんちゃら……科学的なことを言ってたけど
わたし、それを体感してた。バーサン見てて知っていた。
あらゆる臓器が耐用年数を終えて、機能を低下していく。
蓄えていた筋肉や脂肪も使いつくして死に至る。
食べないから死ぬのではなく
死にいくから食べない……

もうひとりの女性、92歳。
やはり息子さんが寄り添っている、けど施設なのよね。
あ、どっちも芦花ホームっていう施設に取材。
息子さん、泊まり込んでいるというけど、
プロがついているから安心といえば安心だよね〜
これを、自宅でするのはつらいのよ。
不安なのよ。…という経験。
バーサンの最期を…、経管で帰されて、抜管の決断をする
あの時の日々のことを思い出してた。

テレビの映像で、死ぬ間際の人を取材してるのは
多分、初めてかもしれない、その意味で画期的?

末期のひとは、脳の炎症とか収縮とかで機能も落ち
苦痛を感じることもないのだという。
「苦痛はないのですよ」
これは、わたしもバーサンの主治医だったM医師に言われた。

(ちょっと尻切れとんぼの書き込み、すまん)
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by hidaneko | 2015-09-20 21:35 | かいご | Trackback | Comments(0)

バーサンの三回忌

早いもので、バーサンが他界して丸2年が経ちました。
故人の遺志で「法事はしなくていい」ということで
去年の一周忌と同様、家でお参りにしました。

ちょうどいま、お坊さんが帰ったところです。
「ちょっと丁寧なお経をあげてください」
とお願いしていたのですが
かなり丁寧なお経をあげてくださいました。
(内容はよく分らないけど、時間が長かった)

そのうちに、
居間で寝ていたマイが目を覚まし、鳴きだした。
最初は、にゃあ~、にゃあ~、と。
そのうち、
家の人の返事がないものだから、だんだん声も大きくなって
最後には、ぎゃう~ん、ぎゃう~ん! というような声で。(^^ゞ
11日間の失踪から帰って以来、さびしん坊ですぐ不安がるマイ。

行ってかまってやりたいけど、お経の途中だし、
猫のために中座はできない。
放っておいたら、そのうち声がしなくなったの。

うーん、きっと、
1人で留守番をさせられる時って、こんな感じなんだろうな、と思いつつ
お経をきいてて……お坊さんをお見送りして、すぐマイをさがしたら、
二階の娘の布団の上で、丸くなってました。(娘は仕事にでかけてる)

「ごめんね~」と、もみくしゃにしてなでてやったら、
安心したのかいま見たら、丸くなって寝てました。
居間から二階へは行けるし、トイレやえさ場にも行けるけど、
仏間の方には来れないの。引き戸が重くて猫には開けられない。

さて、これから、またマイをおいて、出かけてこなくては。
また、目が覚めたら、ぎゃうんぎゃうん、鳴くんだろうな~
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by hidaneko | 2014-05-23 11:12 | かいご | Trackback | Comments(0)

♪迷い道くねくね〜♪

バーサンについてのあれこれを
記憶の薄らいでいく前に書き留めておこうと
バーサンの死ぬ前から思っていて

でも、バーサンが死ぬ前にはなかなか書けなくて
ならバーサンが死んだら書けるかと言うと
これもなかなか書けなくて(その年はぼーっとしてた)
1周忌のころには手を付け始めて…
今年は三回忌になるというのに、まだ書けなくて…

直子さんのことば
「やったことは やりたかったこと
 やらなかったことは やりたくなかったこと」
に、照らし合わすと、わたし、書きたくないってことに…?

で、今年こそは、と資料を整理し始めているのだけれど
ほら、なにせ、ずぼらな私だから、書き留めてないのよ。
日記とかつけてないし、手帳のメモが手掛かり。
だって、介護保険だって、まだ始まってなかったし。

でも、振り返ってみると
(たいして年月振り返ってないけど)
バーサンの倒れた年、わたし、すごく重なってた。
あれこれ、もう、問題あり過ぎみたいに。

シゴトが軌道に乗りかけたところで重なっていたし
R君の大学受験や、アリさんの大学中退や、モグちゃんの大学不登校
Gサンの、前年からの家庭軟着陸(単身赴任空の帰宅)失敗とか、
自分の更年期障害とか、愛猫シロコの死とか、とか、とか…。
よくまあ……と、思いますよ。

悪いけど、どれ一つ取っても、それだけで参ってしまうひといるものね。
息子の大学受験だから、ボラの部長引き受けられません、とか
子どもが大学中退して、うちじゅう、もう大騒ぎなの、とか
娘が引きこもってしまってリスカしちゃって親は毎日泣いてます…、とか
ペットが死んで、ペットロスで精神科にかかる、とか
ひとつでも、大変なことだもんね。

それら全部を、歯を食いしばって一人で背負っていたら
(Gサンが全然あてにならないならないのも問題なんだけど)
そりゃ顎関節症にも、円形脱毛症にも、抑鬱を伴う適応障害にも
なりますわ、ねえ〜。

そういった過去を振り返るのが、良いのか、悪いのか。
振り返る、というか、記憶の底に腐葉土化して消えかけていたのを
鎮まっていた汚泥を、わざわざ掘り起こすのが良いのか、悪いのか……
資料の整理もはかどらず、何を同書き留めておけばいいのか
♪迷い道くねくね〜♪

はあ〜。肩も凝るわなあ〜。
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by hidaneko | 2014-04-07 23:16 | かいご | Trackback | Comments(0)

今月今夜

正月の三日は、バーサンの要介護記念日。
平成10年の1月3日の朝、
仏壇にあげる花の水を替え、お供えする水を酌み
両手で持ってきて、仏壇の前の畳の上で転んだ。
尻餅をついて、腰椎圧迫骨折で三ヶ月の入院。
退院したときには介護が必要な体になってた。

在宅介護の日々の中で、1月3日は嫌いだった。
いま、バーサンを送って1年半
ふつうの人並のお正月を過ごせている。

在宅介護だった時代を振り返って、
バーサンとの日々をまとめようと企てているのだけれど
未だ果たせず。
このまま終りそうな気もするなあ。

「やったことは やりたかったこと
 やらなかったことは やりたくなかったこと」
工藤直子のことば。わたしの杖ことば。

三回忌までにまとめられるかな。
怨念がふきだしそうで……、
ひとを恨んだり、嫉んだりの自分をさらけ出すか……、
どこまで書くか、どのスタンスで書くか……、
ずっと考えてて、まだスタンスが定まらない。

誰に見せるともなく、
自分の覚書としても……。

その時々の苦労や笑いは、ブログに書いてきた。
吐露してきた。
でも、それ以前、ブログを始める以前のこと
崩れゆく砂を素手で塞きとめるような日々。
手探りで始めたシゴトがようやく形になって調子が出てきて、
プロとしてこれから……と思えたとき、自室でシゴトをしつつ、
体中を神経にして、別室で寝てるバーサンの気配を伺っていた頃。

一人で抱えていてはいけない、大変さをアピールすべき…。
と人にも聞き、自分でもそう思い、周囲につたえても、分かってもらえず
頑張って、頑張って、頑張りきれなくて「HELP!」と叫んだとき
投げつけられた言葉「そんなせっぱ詰まってから言われても困る」
焼き印のように胸に刻まれて、消えることはないだろうな。

別に特別愛されていたわけじゃない。
でも、日々衰える一人の女を身近に見ていると
人類愛のような? 私が出来る範囲でやらなくては、という感じ?

それが分からない人もいる。

暮れに、愛していた愛犬を亡くした友が居る。
彼女にとっては、そのペットは家族以上のものだったようで、
ずいぶん落ち込んで、泣きぼろめいていた。
「親が死んでも泣かないわ」と言っていた彼女。
親との軋轢もあったと聞いているけれど…。
愛犬のために目を腫らしてる。

愛犬の最期をみとることで命の消え往く、それを見守るつらさ
別れを覚悟する辛さを知ったと言っていた。
彼女は親とは離れて暮していたから、親が老いて力弱くなり
もう、若い頃の激しさとはほど遠くなっていることを
知ることがなかったのだろうな。
老いた親が衰え、無力になり、
人としていたわるべき存在になっているということを。

「親」という、自分を製造してくれた人
命が続くように、幼かった自分に乳を与え、育ててくれた人。
なにはともあれ、親がいたから、わたしも存在して居る
「親の恩」とか、私自身、言われたくもないし聞きたくないけど…
でも、わたしが、ペットと親を量りにかけたら
親の方が重いだろうな。
「人間である」というだけでも、ペットと同一にはできないや、わたしは。

ドジ猫マイちゃんは、かわいい。
マイが心地よく息して、生きていくために、
下僕となって、お世話してる、ひだまりねこですけど…

あ、昔、仕事でつきあっていた知人(男)が言ってた。
「沈みかけた船に妻と子どもが乗っていて
救命ボートで一人しか助けられないとなったら、
自分は子どもを選ぶだろうな……」

バーサンの介護もそんなものかも知れない。
捨てられなかった。見殺しに出来なかった。
身近にいて、見ていたからね。
身近にいて、要介護になる前には、ずいぶん迷惑もかけられたけど。

ちょっと、そんなあれこれを考えたのは
ペットロスに陥っている友だちの存在もあるかも知れない。
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by hidaneko | 2014-01-03 23:57 | かいご | Trackback | Comments(0)

バーサンの笑顔

眠れなくて
(早く寝過ぎたせいで夜中に猫に起こされた)
過去ログみてたら、
バーサンの笑顔にあった。
こんな日も、あったんだな、と、
すこし、涙。

バーサンのこと、
介護のこと、
まとめて書きたいと思いつつ
書けないでいる………
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by hidaneko | 2013-09-21 01:13 | かいご | Trackback | Comments(0)

今日は時の記念日

ご機嫌な目覚めのはずだったのに
なぜか、朝っぱらからイライラさせられることが…。
こんなことでイライラしてるのも時の無駄。
と、気持を切り替えて庭に出たら…
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ヤロウの花が紅く咲いてた。
ずいぶん以前、ハーブ好きな友だちが
ご自分の畑の苗を宅配便で送ってくれた物。
レモンバーム、ミント、ラムズイヤー、カモミール
そしてヤロウなど。
ラムズイヤーやカモミールは、
「自然に種が落ちて増えるよ」と言われたけど
なぜか絶えてしまった。

レモンバームと、ミント、ヤロウは元気!
この紅い花を見ると、苗を送ってくれた友を思い出す。
最近、連絡してないけれど、元気にしてるかな?

あ、植木鉢の下にナメクジは見つけたけど
カタツムリはまだ見つけてません。
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by hidaneko | 2013-06-10 11:35 | かいご | Trackback | Comments(0)

一周忌…

バーサンが他界して、一年経ちました。
故人の遺志で法要は無用ということで、
親類を呼んでどうのこうのはしなかったけれど
お仏壇のお花をちょっと豪華目にして、
バーサンの好物だったスイカなどを供え、
月経(つきぎょう)においでになったお坊様に、
そのことを伝え、少し丁寧なお経をあげていただきました。
 お坊様ったら、いつも月経(つきぎょう)においでになる時刻を過ぎてもいらっしゃらず、どうしたのかと思っていたら、携帯からの電話で「一旦、お宅の前まで伺ったのですが、工事の車が止まってて駐車出来ず、帰りました。今月はお休みで良いですか?」って。
なに、それ?
祥月命日で、一周忌だということをお伝えして、再度おいでいただきました。
いつもの般若心経とは別に、一周忌のお経をあげていただいたのだけれど、月経(つきぎょう)のお布施と別に包んでおいたのに、それをお持ちにならず、あとでお寺まで届けに行ったり…。ふう。


今日は、真っ青な空を見上げながら、
あの日も青い空だったっけ・・・・とか
早あまちゃん(7時半よりBSで)をみながら、
あの日も、朝ドラみながら経管の朝食をしてたっけ、とか
折々に、あの日のことを思い出してました。

友だちに
「もう一年」と言う感じ? それとも「まだ一年」と言う感じ? 
と、聞かれたのだけれど、すぐには答えられなくて、
一日が終る今、「ああ・・・一年」
という感じなのに思い至りました。

一昨日、友人M田さんの御母堂が永眠なさったとの報をうけ、
あのころ、茂吉の歌を思い出してたな、と思い出しました。
「のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳(たらち)ねの母は死にたまふなり」
たしか、中学の教科書に載っていたのでした。

バーサンの葬儀の日、ニセアカシアの花が盛りで
斎場へ行く道筋の海岸道路は香りに満ちていたけれど
今年は、まだ花の気配も見えず。
すこし季節が遅れているようです。
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by hidaneko | 2013-05-23 20:39 | かいご | Trackback | Comments(2)

『満月の夜、母を施設に置いて』

満月の夜、母を施設に置いて

藤川 幸之助 / 中央法規出版


この本のことは書いておきたいな、と思った。
この間の女子会でT子さんに勧められて
図書館に予約をいれて取り寄せた本。
『満月の夜、母を施設に置いて』
このタイトルだけで、介護の経験のある私には
余りある思いが伝わってくるようだった。

T子さんは高校の司書をされていて職員向けの図書館便りに載せてた。
その図書館便りをいただいたのだ。
「えっ? こんな本も高校の図書館に入れるの?」
と、きいたら
「就職率が高いから。福祉系に進む子もいるし…」って。

認知症になった母を介護する男の詩集。
父親が介護をしていたが、父の没後、息子が介護をする事に。

淡々と、実に淡々と、あった事をそのまま綴っている。
でも、一行一行に、一行一行の行間に籠められた思いに
「ああ、そうなのよね。そうなんだ」
と、胸につまされる。

第1章の冒頭の詩
「おむつ」

母が車の中でウンコをした
臭いが車に充満した
おむつから染み出て
車のシートにウンコが染み込んだ

(中略・息子は男子トイレで尻の始末をする。
    母はまだ恥ずかしがる……)

母のお尻についたウンコや
性器に詰まったウンコを
ティッシュで何度も何度も拭いてやる
かぶれないように拭いてやる
母が私のウンコを拭いてくれたように
私は母で
母は私で

(後略)

この辺で、わたし、涙がぽろぽろ。洟がじゅるじゅる。
ああ、そうなんだよ、そうなんだよ。
わたしも、同じような体験あるよ。
つかまり立ちの母を立たせたまま
性器のひだひだに詰まったウンコを拭く体験…
図書館で借りて、そのまま
付属のカフェでランチしながら読み始めたのだが
「こんなに泣くのじゃ、ここでは読めない」と打ち切った。

帰ってきて、一篇、一篇、読み進むたびに
ティッシュが大量に消費される。

大げさに書いているのじゃない。
詩がかって、美的に書いているのでもない。
あるがままの、その時々の気持、わかる、胸に迫る。

この詩集は、治りかけたココロノ傷に塩をすり込む事になるのか。
否、この詩集で、涙を流せた。
母の死後、ちゃんと泣けないでいたわたしだが、
涙で洗い流す事で、爽やかな気分になれるのでは?
と、思いつつ、一篇、一篇、読み進んでいる。
まだ、半分も読んでないけれど。

添えられている松尾たいこ氏の絵が、
詩の内容に付かず離れずで、
この本で描かれている介護のシビアさを和らげてくれている。

More:内緒でアップ
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by hidaneko | 2012-12-26 21:06 | かいご | Trackback | Comments(0)