小さな力でも

このあいだ、子どもの本・九条の会」の、はじめの一歩の会に行ってきたことは書いたが、
古田足日さんの基調講演のあと、リレートークがあったのだ。
その中のお一人、児童文学作家、高田桂子さんの話。

彼女は1945年8月14日、広島県のお生まれとか。
8月6日は広島市に原爆が落ちた日で、8月8日は福山市が空襲でやられた日。
その間の8月7日に、福山市の男たちが
(といっても成人は徴用され、町には老人と少年しかいなかったという)
トラックに乗せられ、どこかへ連れていかれた。
疲れ果てて帰ってきて、次の日が空襲で、ほとんどの人が亡くなった。

生き残った人の話によると、男達は広島市に連れていかれ、
たくさんの遺体を、素手で運んで、穴に投げ入れ埋める仕事をさせられた、と。
この作業にかかわった人たちは、次の日の空襲で生き残っても、
その後すぐに、原爆症で亡くなっているという。
それらの人たち、だけでなく、黒い雨や死の灰をかぶった人も
原爆症とは認められていないという。

医学が発達して、原爆症についても、昔より分かってきていると思うのだけど、
いまでも、政府は
被爆者約25万人のうち、2000人しか原爆症と認定していない。
近距離での直接被爆以外は、救護や肉親を探すため跡から中心地に入った人はほとんど却下されているという。

・・・・そんな話しを聞いて帰ってきて、考えさせられていたところへ、
ひろ先生から、こんな運動を紹介していただいた。

お気持ちがありましたら、こちらPDF(=パッと出ないファイルですけど)
プリントアウトして、ご署名いただけたらとぞんじます。
問い合わせ、署名の送付先は、2枚目の署名用紙の下にある住所
「東京都港区芝大門1−3−5 ゲイブルビル9 階 日本被団協気付
TEL03-3438-1897」へ願います。

「署名は、年明けに予定されている長崎地裁判決に向け、
すべての被爆者の救済を要求して今後も引き続き取り組まれます。」とのことです。

時間があったら、こちらも見て欲しい。
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by hidaneko | 2007-12-09 21:19 | うきよ | Trackback | Comments(4)
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Commented by ひろ@奈良 at 2007-12-10 09:21 x
 被爆者の願いは、二度と人の上に原爆を落とさない。
 地球上から、核・核兵器をなくすことです。
 原爆投下後、62年が経ち、多くの被爆者が亡くなられ、高齢になっておられます。
 生の被爆体験を聞くことが出来なくなりつつあります。
 現に、奈良県では、全国組織の被団協(原水爆被害者団体協議会)で初めて、昨年、高齢故に解散しました。
 国は、予算を削り、毎年、総計で2000人余の被爆者しか原爆症として認定していません。延べで2000人余と決まっているのです。ずっと、2000人余より増えていません。
 被爆者の中にも、「戦争だから仕方がない」、「今さら金が欲しいのか」と原爆症認定訴訟を否定的にとらえられています。
 被爆までは健康であったのに、被爆故に病気がちで、身体がだるく(ブラブラ病)て、健康被害に遭い、苦しい人生を送ら
ねばならなかったのです。被爆後、その状態が延々と続いてるのです。

Commented by hidaneko at 2007-12-10 12:04
>ひろ先生
>多くの被爆者が亡くなられ、高齢になっておられます。
>生の被爆体験を聞くことが出来なくなりつつあります。

沖縄の悲劇でもそうですが
個々の記憶より、公の記録が優先され
数字として記録されていないものは、
はじめから無かったものにされてしまう・・・危険性を感じます。
Commented by ポン太 at 2007-12-12 00:50 x
申し訳ありませんプリントアウト出来なくて・・・・署名送ろうと思っているのですが・・・・☆
Commented by hidaneko at 2007-12-12 01:43
>ポン太さん

お気持ち、ありがとうございます。
メッセおくります。


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