黒松(草木への思い)

前に松の木について書いてて、下書き保存をしていた文章。
2016年11月15日に書き始めたものだった。
思い出を書いていたら、とても長くなったので、more に入れよう。




「粋な黒塀 見越しの松に 仇な姿の洗い髪〜」という歌がある。春日八郎の歌う「お富さん」。1958年の発売というからわたしが知っているはずないのに2番くらいまでなら歌える。昔の流行歌は寿命が長いということか。家族が歌っていたのを聞き覚えたのか。
それより印象的なのが冒頭のフレーズ、これを聞くと我が家の松を思い浮かべるのだ。ぜんぜん粋でもないのだが黒板塀、それがうちの目印だった。子どもの頃、父が何かでタクシーを呼ぶときや、初めてのひとに家を教えるときに「黒い平垣の家がうちです」と伝えていた。

その黒板塀の門の脇に、素人の私が見ても枝振よく、門の屋根の方へ寄りかかるように少し曲がって立っているのが黒松だった。ずっとずっと見慣れた姿。松はそう太らないから、子どものときに見た記憶の中の姿と今も変わらない。
緑濃い葉はこんもりと形よく茂り、門を出入りする人たちをむかえる。

「松は手がかかる。放っておくと花札みたいになるからね」と母が言っていたのを聞いた記憶がある。花札の1月の松は芯が伸び、勢いがあるが、丹精込めて形作られた庭木の松とは違う形だ。毎年、初夏になると庭師さんがくる。竹でできた高い脚立に上がって松の芯を摘み、無駄な葉をむしって形を整えていく。

幼いわたしは、地面に落ちた松の枝を拾ってきて、遊びに使う。真剣に仕事をしている庭師さんを邪魔しないよう、叱られないよう、こっそりとすばやく拾ってくる。2本の葉の片方をまげて他方に刺し、旗をつくる。半円の旗、三角の旗。
松葉をたくさん集め、針の先をそろえて束ねて草でしばり、板の上に立ててとんとん相撲の力士にして姉たちと遊んだりした。
「これにさわると ちっくちっくするぞ〜!」、いま、この記事を書いていて思い出した、遠い昔のはやし言葉。
束ねた松葉をもって、友達を追いかけたり、ぎゃくに追いかけられたり……


もう一本、門をはさんでひょろ長い松が立っていた。
この松も、子供の頃から生えていたのだろうけど、記憶にない。記憶にあるのは、ここの家に戻ってきてしばらくのこと、土留めの修復工事で、このひょろ長い松の木が抜かれたことがあった。そのときは、前以て庭師さんに根回しをしてもらい、工事中は脇に置かれ、工事の後少し離れた場所に植え直された。
勢いの落ちた松の木のために母はスルメを埋めていた。「これが栄養になるんだよ」と言って。細い土管も縦に埋め込んで、そこにホースで水を注ぎ込んでいた。そのためか、松は根付いた。ただ、植え直すとき、向きが変わって、ちょっと変な枝ぶりに見えてしまうんだ。見るたびに「ちょっと気の毒な松」とわたしは思っていた。



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by hidaneko | 2016-12-03 19:47 | 草木への思い | Trackback | Comments(0)
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