「柘榴だけになぜなくの」

厨で大根菜を刻む
窓の外でチェーンソーの音がする
時折 ドスンと 落ちる音
柘榴の木を切っているのだ

厨の窓を開けると いつも目の前に柘榴があった
厨の窓は 今日は閉めてある
閉めてあるが 気配が伝わる
わたしは俎板に大根菜を乗せ端から刻む

柘榴と大根菜 どこに違いがあるというのか
草木にも命がある 生きている
生きているものを 切り刻む
柘榴と大根菜 どこに違いがあるというのか

神沢利子の『くまの子ウーフ』に
「ちょうちょだけになぜなくの」という話がある
ふと その話を思い出した
蝶々を過失で殺してしまって 涙するウーフ
お墓を作り ドロップをそなえる
それをみて 狐のツネタのいうことば
トンボと遊んで殺し、てんとう虫をお尻で潰し
肉だって魚だって食べるのに
ちょうちょだけになぜなくの
ウーフは ドロップに集まってきたアリをペロリとなめる
口の中で アリの声がする……

厨の窓を開けると 必ず柘榴があった
子供の頃から 柘榴があった
大風の吹く日には 宮沢賢治の『風の又三郎』を思い出していた

  どっどどどどうど どどうど どどう
  ああまいざくろも吹きとばせ
  すっぱいざくろも吹きとばせ
  どっどどどどうど どどうど どどう

うちの柘榴は、父が誇る甘柘榴だった
父の弟が子供の頃に植えたという
わたしが抱きついても腕が回らない大木の
樹齢100年をたぶん超える柘榴は もうない

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by hidaneko | 2016-12-01 18:07 | 草木への思い | Trackback | Comments(0)
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