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大人の発達障害について考えてみる

自分の考えをまとめるために…
(一般論じゃなく、あくまでわたしの身近な例で)



先週の土曜日、2月の28日、女三人で飲んだ。
もとを糺せば仕事がらみのつきあいだったのだけれど
今はゆる~い友だち関係。

一人は、自分を発達障害だ、と言っている。
一人は、息子が発達障害気味で、アルコール依存症で治療中。
一人は、夫がどうも発達障害らしい、で困っている。

発達障害がご縁で、つき合い始めたのじゃない。
たままた、知りあって、
いろいろ話しているうちに、深い話もできるようになり
へえ~、そうだったんですか……と。

発達障害は、そう珍しいものでもないらしい。
イチローもアスペルガーだというし
(真偽のほどはわかりません、人に聞いた事ですから、
というか、人に言われたことですから)、
別な友人に夫のことをチラリと話した時に言われたの。
「一芸に秀でた人も多いらしいし。イチローもそうだって」
……な~んてのが、世間一般の感覚?

うーんと、
本人に自覚があり、「できることできないこと凸凹なのを知ってるから、こう対応しなければ…」という自意識?があると、それなりに努力して……人生を生き抜いてきて……大変だったろうな、と推測できる。土曜日にあった友がこれ。
(凸凹なのは、アスピーの特徴らしい。まあ、ふつうの人だって凸凹してるけどね)

アスピーを自覚してなくて、自分は普通だと思っていて「生きづらいのは相手が悪い」と思っている人もいるわけで…。Gサンはそのタイプ。
これだと、これまで何とか人生を生きてこれたのは、家族とか(親兄弟)、仕事先とか、連れ合いとかがなんとか、合わせて、助けてきたから、やって来れたのだ(ということに、本人は気がつかない)。
その分、周囲の人に、一種の迷惑をかけて、周囲の人だって、そのひとのために苦労して生きづらかった、
ということが、本人は気付いていない。っと。


でも、本人にしても、成りたくてなったわけじゃない。
わかってる。

でも、連れ合いにしても、そうと知って、承知の上で連れ合いになったわけじゃない。
世の中には、分かってて、それでも丸ごと引き受けて、丸ごと愛して、連れ合いになるひともいるというけど。
知らないで、連れ合いになった相手がアスピーだったとは、青天の霹靂というか……、交通事故のようなもの(ちょっと違うかな)。

こちらの方言で言うと、「とっぱずかい」?
うーんと、故意でないあやまち、的な?
誰が悪いのでなくても、
アスピーさんの言動で、心に傷を受けるし、痛いのは痛いのだ。

だから……
病識(自分に障碍があるという認識)がある人なら、まあ、可愛げがある。認めてあげたい。「大変だったね」と。
でも、
病識がなく、自分は正常で、世の中(家の中)うまく行かないのは、相手が悪い、という固定観念がこびりついてるひとだと……、orz


いま、ここ。


取説をつくって、地雷をふまないよう、
……うーん、やっぱり、気を遣うのはこっちなのよね。


追記:3月3日
車を運転しながら、まだ考えていた。
Gサンの場合、言っても話しても、相手は理解しない。相手を変えられない。
なら、わたしがカサンドラ愛情剥奪症候群にならないための方法
逃げる(別れる)か、
こちらが合わす(耐える? かわす?)か、
サポートする(カバーする)か?

検索したら、こんなブログがあった。
by hidaneko | 2015-03-02 22:39 | かぞく | Trackback | Comments(0)


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