明日は、11月22日

明日は、「いい夫婦の日」だという語呂合わせ。
たしかに、11月22日に結婚したという友は
漏れうかがう限りにおいて、まさに「いい夫婦」
うらやましいような、こんな夫婦があるのか、と思うような
「いい夫婦」に思える。

「こういう関係になるために、努力したのよ」
と、彼女はいう。確かにそうだろうと思う。
いくつもの会話を重ね、体験を重ね、努力し
いまの、いい関係を築いていったのだろう。
     ・
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     ・
一昨日、夫の兄の葬儀だった。
わたしは、お通夜と葬儀に列席するつもりだったけど
告別式だけ出ればいい、と言われ、それに従った。
義兄は病気だったともうかがってないし
急なことだったらしい。
でも、それはお通夜で話されたらしく、
わたしが行った時は、最期についてはお聞きしにくい感じ。
(…夫はぜんぜん話してくれないし)

10月30日が、夫の父親の命日で、義兄は墓参りに行ったという。
だから、それまではお元気だったのだと思う。
そして、11月16日にお亡くなりになった…

告別式の会場の入口には、義兄の写真、
在りし日の、笑顔の写真が何枚も飾られ
カメラマンだった義兄の撮った写真のアルバムなども…。
「これは、九州に行った時の写真」
「これは、北海道の氷の家で撮った写真」
「これは、ハワイ……」
「これは、どこそこ……」
夫婦で、あるいは家族で笑顔の写真がならんでいた。

見ながら、わたし、Gサンとならんだ写真ないなあ…と思った。
それ以前に、Gサンと旅に出たのはいつのことだろう?
何回……? 最近はないなあ……と、思っていた。
義兄は、いい御夫婦だったんだな、と思っていた。

葬儀を終え、棺に花を手向けるとき、
義姉が、「これを入れなくちゃ……」と、
封筒をご遺体の胸のあたりに差し入れた。
娘さんが「ラブレターなのよ」と、目頭を押さえた。

ご遺体は白い衣を着て、
その上に、上着と、セーターと、シャツ
そして、ネクタイを重ねて、まるで着せかけるように。
息子さんが「これ、1度も着なかったんです。
このあだの敬老の日に贈ったのだけれど
いつものことで、あとで着る、と取っておいて…」と。
家族にも愛されていたお父さんだったのだな、と思った。

妻に愛され、家族に愛されていた義兄なのだと、思った。
いい夫婦。なのだなあ、と。




ひるがえって……我が家。
むずかしいなあ。
わたし、Gサンにラブレター書かないなあ。

ううん、これまでも、繰り返し、繰り返し手紙は書いた。
(10年あまりの出稼ぎの時も。面倒だからよこすなと言われた)
あの人の東京のマンションに家族の写真はなく、
猫(あのころはジミ)の写真が1枚貼ってあったっけ。

家にいる時も、口で伝わらないから文字にして
伝えようと、努力、わたしもしてた。


だけど、砂漠に水を注ぐよう。
緑の芽は生えてこない。気がする。

モグちゃんが、以前、ボーダー(境界性人格障害)と言われたとき
知らなくて、調べて、調べて(親の育て方が悪いとかも…)
「見捨てられ感が強い」と、だから「人を試す」とか
自分がどれだけその人に受入れてもらえるか、試す、とか
な〜んだか、わたし自身のことのように思えたものだった。

愛されたくて、でも愛されている充足感はなくて
自分の感受性が鈍いのかとも思ったりもした。
ほんとは、降りそそぐ愛を、何も感じない鈍い女なのか、と。

カサンドラ症候群、という名前に出合って
「あ、これ、わたしじゃないの!」と、思い当たったとき
愛されていない感は、わたしのせいじゃなかったんだ、と
ホッとしたというか……
ああ、やっぱり、と納得したというか……

フィフティ・フィフティの、対等の、愛して愛されての
いい夫婦には、なれないんだ。

さだまさしの「恋愛症候群」の歌詞で
AB型なんて、まさにわたし、で異論はないのだけど

>他人のことなど考えられずに 大切な花畑
>平気で踏み荒らして ヒンシュクをかう B型

まさに、Gサン、これ、と思っていたけど、
B型のせいだけじゃなく、アスペもかなり加担してたような・・・
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by hidaneko | 2014-11-21 22:56 | くらし | Trackback | Comments(0)
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