思うこと

やっぱり、
日本を戦争のできる国にしたくない。

いま、安倍総理が必死になってる「集団的自衛権」
これって、平たく言えば・・・・
「自分の国と密接な関係にあるよその国が攻撃された時、
自分の国が攻められていなくても、
よその国を助けて反撃する権利」ということだよね。

あれ? 反撃って、軍事力を使うことだよね。 
あれ? 自分の国が攻められていなくても?

これって、
自国に対する他国からの武力攻撃に対して、
自国を防衛するために必要な武力を行使する、個別的自衛権とは別物。

そして、ね。調べてみたら
「よその国を助けて反撃する」って
そのとき、相手の国に宣戦布告をするのだって。
宣戦布告をしないと、国際法上の義務違反となるんだって。

つまり・・・これって、
完全に、日本を戦争できる国にすることだよね。


ウィキにも書いてあった。
ーーー以下引用ーーー
集団的自衛権(しゅうだんてきじえいけん、英語: right of collective self-defense、フランス語: droit de légitime défense collective)とは、他の国家が武力攻撃を受けた場合に直接に攻撃を受けていない第三国が協力して共同で防衛を行う国際法上の権利である。と日本国内の一部の法学者や政治家らが主張している権利である。
その本質は、直接に攻撃を受けている他国を援助し、これと共同で武力攻撃に対処するというところにある。
なお、第三国が集団的自衛権を行使するには、宣戦布告を行い中立国の地位を捨てる必要があり、宣戦布告を行わないまま集団的自衛権を行使することは、戦時国際法上の中立義務違反となる。

ーーー引用ここまでーーー

自分の国が攻められてもいないのに、
宣戦布告して、他の国を攻めるんだって。

安倍首相は「日本の国民を守るため」っていうけど
戦争に行く、兵隊さんだって、日本国民、のはず。
その人達は、守られないの?
その人達の、命はどうなるの?

「More」に、ドイツの例を引用した。
専守防衛とか、後方支援とか言っても、
行った兵隊さんは、死んでいるんだよね。
戦う、攻める、って人殺しをすることだよね。

わたし、自分も、孫子も、この国の子供たちも
人殺しにしたくないし、
人にも殺されたくない。
だから、わたし、安倍首相のやり方に反対します。

サッカーの賑やかな報道の陰で、
こっそりと、公明党を取り込んで
この国の未来を決める、危ないことが
決められることのないよう祈ってます。

・・・と、ここで小さな声をあげても、
ゴマメの歯ぎしり、屁の河童かも知れないけれど。

「More」は、著作権を侵害してます。ごめん、すまん。
でも、消える前に残しておきたかったの。

もう1個、検索したら出てきたレファレンスの事例。
PDFだけど、考えるヒントにリンクを貼っておきます。



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「アフガン後方支援、実態は戦場」 (朝日ネット、こちらより)
独軍、55人の死者
ベルリン=上原佳久2014年6月15日05時22分
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アフガニスタンでの主な国の部隊の犠牲者数

 安倍晋三首相は日本が集団的自衛権を使えるようにするため、行使を限定することで公明党の理解を求め、閣議決定する構えでいる。限定するという手法で実際に歯止めが利くのかどうか。集団的自衛権をめぐる海外の事例のうち、ドイツの経緯を追った。

 1990年代に専守防衛の方針を変更し、安倍首相がやろうとしている解釈改憲の手法で北大西洋条約機構(NATO)の域外派兵に乗り出したドイツは、昨年10月に撤退したアフガニスタンに絡んで計55人の犠牲者を出した。アフガンでは後方支援に限定した派兵だったが、戦闘に巻き込まれた死亡例が6割あった。

 「後方での治安維持や復興支援のはずが、毎日のように戦闘に巻き込まれた。当初の想定と実態が次第にかけ離れていった」。アフガンに駐留した独軍幹部はこう振り返る。

 第2次世界大戦で敗戦したドイツは戦後制定した基本法(憲法)で侵略戦争を禁じ、長らく専守防衛に徹してきた。だが、91年の湾岸戦争で米国から「カネを出しただけ」などと批判を浴び、当時のコール政権は基本法の解釈を変更してNATO域外にも独軍を派遣する方針に転換。連邦憲法裁判所は94年、原則として議会の事前承認がある場合に限り、独軍のNATO域外活動を合憲と認めた。

 2001年の米同時多発テロで、NATOは集団的自衛権を初めて発動し、米国主導のアフガン戦争の支援を決定。ただ、独国内では戦闘行為への参加に世論の反発が強く、当時のシュレーダー政権は米軍などの後方支援のほか、治安維持と復興支援を目的とする国際治安支援部隊(ISAF)への参加に限定した。

 ただ、現地では戦闘の前線と後方の区別があいまいだった。ISAFに加わった元独軍上級曹長のペーター・ヘメレさん(52)は03年6月、カブール近郊で自爆テロに遭遇。各国隊員を輸送する車列を先導中、後方のバスが爆破されて6人が死亡した。ヘメレさんは「平和貢献のつもりだったが、私が立っていたのは戦場だった」と話す。

 独軍によると、アフガンに派遣された02年から今年6月初旬までに、帰還後の心的外傷後ストレス障害による自殺者などを含めて兵士55人が死亡。このうち35人は自爆テロや銃撃など戦闘による犠牲者だったという。独国際政治安全保障研究所のマルクス・カイム国際安全保障部長は「ドイツ兵の多くは後方支援部隊にいながら死亡した。戦闘現場と後方支援の現場を分けられるという考え方は、幻想だ」と指摘している。(ベルリン=上原佳久)
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by hidaneko | 2014-06-15 17:52 | うきよ | Trackback | Comments(0)
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