福島を忘れない

講演会(トーク&スライド)を聞いてきた。
「ふくしまの今は、これからは」

飯舘村の地区長さんで酪農家の方は、当時から今に至る村の写真と、現状について当事者の立場でのお話。
東北大の先生は、少し引いた、広い視野にたっての日本の国と原発、エネルギー政策についてのお話。

やっぱり、原発要らない、という思いを新たにしてきました。

子どもたちのために避難をさせようとする地区長さん対、
健康よりも、村がゴーストタウンになることを恐れる村長。
元は友だちで、村長の選挙の際には出納係をしていた地区長さん、
原発事故の際の対応で意見が相反し、友情も分断されてしまった、とか。
原発のせいで、美しい村を離れなければならなかった思いとか、
家族も父親と母子が離れて暮したり…とか、
故郷と分断された暮し…とか。

数値を矮小化して、安全だということにしてしまう、風化させようとする風潮とか(飯舘村では、モニタリング ポストの周辺だけ、自衛隊が徹底的に除染、土を入れ替えて、数値を下げてるんだって~!)

村長がゴーストタウン化を恐れて、人がいなくなるのを恐れて、村が誘致した事業所や特別養護老人施設などは残してもらうよう掛け合って認められた。年寄はまあ良いとしても、その施設に、避難した仮設住宅から通って、お世話しているのは若い女性たち、という事実。企業の事業所でも、避難したところから通って来ている、被曝しに来ているようなもの。

先生の話でも、
幾つもの幸運な偶然が重なってこれだけの事故ですんだ、さもなくばもっと大きな被害になっていただろう、とか。
女川原発でも、建設時、地盤が10メートルの予定を、さらに嵩上げして14.8メートルにして建設した、そこへ14メートルの津波がきて、80センチの差でかろうじて助かった。冷却用電源も5系統あるうち4系統がダウンして残りの1系統で助かった、こんな偶然に助けられるようなあり方でいいのか。事故になっていたら東日本が壊滅していたかもしれない…。
今回の事故、だれも責任を取らないこの国の体質とか、とか、とか……

会場の聴衆の中で、福島から避難して来てる方の飛び入りの発言もあって
いろいろ聞いて、考えさせられることばかりでした。

ロビーでは、写真展もあって、
原発のせいで自殺なさった酪農家の壁に残されたことば、
「原発さえなければ」
牛が1頭もいなくなった牛舎に、卒塔婆がたててある写真、

これはロビーではなくスライドの中だけれど
牛舎に何十頭もの牛(2〜30頭以上いたと思う)が餓死して、ミイラ化していて、
「見てください、そばに豚の足跡がたくさんあるんですよ、死んだ牛を豚が食ってたということで…」
それを撮っているのが、同じく酪農家だった今日の講師、その心やいかばかりかと…。

東京生まれで新潟の大学を出て、酪農家になりたくて福島で10年頑張っていたというT青年が、牛を手放さなくてはならなくなったときの男泣きの泪とか。

帰ってきてすごく疲れた感じがした。
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by hidaneko | 2014-03-09 20:25 | うきよ | Trackback | Comments(0)
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