今月今夜

正月の三日は、バーサンの要介護記念日。
平成10年の1月3日の朝、
仏壇にあげる花の水を替え、お供えする水を酌み
両手で持ってきて、仏壇の前の畳の上で転んだ。
尻餅をついて、腰椎圧迫骨折で三ヶ月の入院。
退院したときには介護が必要な体になってた。

在宅介護の日々の中で、1月3日は嫌いだった。
いま、バーサンを送って1年半
ふつうの人並のお正月を過ごせている。

在宅介護だった時代を振り返って、
バーサンとの日々をまとめようと企てているのだけれど
未だ果たせず。
このまま終りそうな気もするなあ。

「やったことは やりたかったこと
 やらなかったことは やりたくなかったこと」
工藤直子のことば。わたしの杖ことば。

三回忌までにまとめられるかな。
怨念がふきだしそうで……、
ひとを恨んだり、嫉んだりの自分をさらけ出すか……、
どこまで書くか、どのスタンスで書くか……、
ずっと考えてて、まだスタンスが定まらない。

誰に見せるともなく、
自分の覚書としても……。

その時々の苦労や笑いは、ブログに書いてきた。
吐露してきた。
でも、それ以前、ブログを始める以前のこと
崩れゆく砂を素手で塞きとめるような日々。
手探りで始めたシゴトがようやく形になって調子が出てきて、
プロとしてこれから……と思えたとき、自室でシゴトをしつつ、
体中を神経にして、別室で寝てるバーサンの気配を伺っていた頃。

一人で抱えていてはいけない、大変さをアピールすべき…。
と人にも聞き、自分でもそう思い、周囲につたえても、分かってもらえず
頑張って、頑張って、頑張りきれなくて「HELP!」と叫んだとき
投げつけられた言葉「そんなせっぱ詰まってから言われても困る」
焼き印のように胸に刻まれて、消えることはないだろうな。

別に特別愛されていたわけじゃない。
でも、日々衰える一人の女を身近に見ていると
人類愛のような? 私が出来る範囲でやらなくては、という感じ?

それが分からない人もいる。

暮れに、愛していた愛犬を亡くした友が居る。
彼女にとっては、そのペットは家族以上のものだったようで、
ずいぶん落ち込んで、泣きぼろめいていた。
「親が死んでも泣かないわ」と言っていた彼女。
親との軋轢もあったと聞いているけれど…。
愛犬のために目を腫らしてる。

愛犬の最期をみとることで命の消え往く、それを見守るつらさ
別れを覚悟する辛さを知ったと言っていた。
彼女は親とは離れて暮していたから、親が老いて力弱くなり
もう、若い頃の激しさとはほど遠くなっていることを
知ることがなかったのだろうな。
老いた親が衰え、無力になり、
人としていたわるべき存在になっているということを。

「親」という、自分を製造してくれた人
命が続くように、幼かった自分に乳を与え、育ててくれた人。
なにはともあれ、親がいたから、わたしも存在して居る
「親の恩」とか、私自身、言われたくもないし聞きたくないけど…
でも、わたしが、ペットと親を量りにかけたら
親の方が重いだろうな。
「人間である」というだけでも、ペットと同一にはできないや、わたしは。

ドジ猫マイちゃんは、かわいい。
マイが心地よく息して、生きていくために、
下僕となって、お世話してる、ひだまりねこですけど…

あ、昔、仕事でつきあっていた知人(男)が言ってた。
「沈みかけた船に妻と子どもが乗っていて
救命ボートで一人しか助けられないとなったら、
自分は子どもを選ぶだろうな……」

バーサンの介護もそんなものかも知れない。
捨てられなかった。見殺しに出来なかった。
身近にいて、見ていたからね。
身近にいて、要介護になる前には、ずいぶん迷惑もかけられたけど。

ちょっと、そんなあれこれを考えたのは
ペットロスに陥っている友だちの存在もあるかも知れない。
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by hidaneko | 2014-01-03 23:57 | かいご | Trackback | Comments(0)
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