今日という日

あの日、東日本大震災から一年。
朝からふつうに過ごした。
ふつうに過ごせるということを噛みしめながら。

     ・     ・     ・

昨日は、スコップ団の鎮魂の花火「天国へぶっ放せ!」を
ほぼ日のサイトからユーストで見ていた。
午後6時過ぎから、約一時間。
スキー場の上から切れ間なしに、つぎつぎ上がる2万発の花火。
死者行方不明者約2万人のために上げられる2万発の花火!

花火には、鎮魂の意味があるのね。
長岡の花火大会も、長岡空襲の犠牲者と、
さらには中越地震の御霊を鎮魂のために上げられている。
この花火のひとつ、ひとつが、お一人お一人の御霊。

そんなことを考えながら見ていたら、涙が出てきた。
パソコンのモニタがかすんで、胸が苦しくなってきた。
ふつうの日が大切。
明日もふつうの日が来るのが当然と、とくに気にもしなかった3月10日。
翌日、永遠の別れとなってしまった人に
伝え残したことば「愛してます」を伝えるために天国に向かって、ぶっ放す花火…。

翻って。
わたし、ちゃんと言えてないな。
ささやかなことで、いらつき、ぶつかり合いながら、
相手の本心がわからないでいる……(涙)

     ・     ・     ・     

今日は、朝から車でN図書館へ。
隔週行われる、絵本についての五回連続の講座の4回目。
特に、「今日という日」について、触れられることもなく
「科学絵本について」の講座。
受講しながら、「ふつうでいられる幸せ」を思っていた。

講座が終った後、講師を囲んでの昼食会があった。
そこでの挨拶も、特に3.11に触れることもなく。
たまたま、お隣の席になったN田さん(以前からの知り合い)と
ネットについて話していて、3月11日のことに話が及んだ。
学校に行けないでいたお嬢さんが、最近発達障害と分ったって。
そのお嬢さん、去年の3月、震災のあと体調を崩して入院なさったって。
うちのモグも、今日はテレビも新聞も見ないと言っていた。
「心が柔らかな人には、昨日今日の報道がきついよね」と

昼食会の和やかな雰囲気を壊さないために、すぐに話題は
ネット社会の中で、紙の絵本の意味、意義などに移っていったけど。

食事会を終えて、急いで車で帰ってきて、
ギリギリで、14時46分に間に合った。
テレビで、追悼式の中継をみる。
野田首相のことば、中身が無い。耳を素通りしていく。

天皇陛下のおことば。
胸に染みた。
このことを、ご自分からおっしゃりたいがために、
心臓のバイパス手術から間もないのに、胸水を抜いたばかりなのに
みずからご出席なさったのか……と思いながら聞いていた。

野田首相がさらっと流した原発についても、
ちゃんと触れられていた。
被災なさった方々、そして救助や防災活動に当たっていた方々
ボランティアの方々や、外国からの援助についても広く心を配られた、
天皇陛下のお人柄が滲み出たお言葉だと思った。



今日が友達のお嬢さんの誕生日だと知った。
たまたま、大災害のあった日と重なってしまったけれど
いつだって365日(ときとして366日)何かの記念日だったり
何か事件があった日だったり、
そして誰かの誕生日だったりするわけで、
日本全国、追悼一色みたいだけれど
友人のお嬢さんがこの世に生まれてきた記念日を、
心からお祝いしたいと思いました。


     ・     ・     ・

■追記(2012/03/13)
「天皇陛下の言葉のうち原発に関わる部分がニュースで削除されていた」と、一部のネットで話題になったようですが、そのニュースを見ると、時間の関係か原発関連だけでなく全体的に短くなっていた、というわけで、短絡的に騒ぐのもいかがなものかと思いました。
たしかに、報道の中には作為的に原発反対関連の部分を載せないという傾向がありますが。(例えば反原発の大きなデモがあってもニュースで取り上げないとか)

天皇陛下のおことばの全文がYouTubeでアップされていたので、わたしのブログにも載せてみました。(いつまで見られるか分らないけど)





日経WEB版より
天皇陛下のお言葉 政府追悼式
2012/3/11 15:12


東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。

 1年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。

 さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。

 この度(たび)の大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、深くねぎらいたく思います。

 また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆(きずな)を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。

 被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。

 今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。
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by hidaneko | 2012-03-11 21:00 | うきよ | Trackback | Comments(2)
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Commented by ふいづ at 2012-03-12 21:47 x
天皇陛下のお言葉、陛下のお声を思い出しながら読みました。
沁み入ってきました。

私も昨日はシゴト場で黙祷、小さなイベントにも行ってきたけれど
友達とご飯食べてホッとしたはずが、
やはりどっと疲れたようでその後眠れませんでした。
昨日はほとんどテレビも見ずに過ごし、
新聞は…昨日今日のは、開くだけで心が痛くて。
ラジオが、まだ少し心にやさしかったかな。

せめてせめて原発さえなければと
やはりどうしても思ってしまいます。
私も、追悼と反・脱原発デモは相いれなくないと思う。
根っこにある気持ちは同じ。
災害が起こるのはどうしようもないとしても、
減らせる悲しみは少しでも減らしたい。そう思います。
Commented by hidaneko at 2012-03-13 11:49
>ふいづさん
>せめてせめて原発さえなければ

わたしも、そう思います。
避難の問題も、瓦礫処理の問題も、産業の復興も
もっとシンプルに進んでいたと思います。

>災害が起こるのはどうしようもないとしても、
>減らせる悲しみは少しでも減らしたい。そう思います。

ほんとうに・・・・


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