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何をどう決めるか……迷い道くねくね

今週は忙しくなる。

今日は小学校へのお話会の出前だった。
読書週間にあわせて、全校全クラスでお話会をする一環。
所属するボランティアグループのメンバーが二人組で
各クラスへ絵本の読み聞かせと素語りを届ける。
今日は私は3コマ。三年生と五年生のクラスへいった。
それぞれのクラスで空気は違ったけれど
どのクラスでも熱心に聴いてくれて反応も良かった。
「子どもに助けられる」というのを実感した。
(読み方の巧拙より、子どもの反応で、お話会が楽しくなる)

明日は、バーサンが帰ってくる。
明後日は、ケアマネさんの来訪と、主治医の往診。
明明後日は、バーサンはショートステイに送り出し。
その次の日は、またも小学校へお話会。今度は二年生と一年生。

バーサンが帰ってくるとなると、どきどきする。
先週、書こうとして書けなかったのは、このことなんだ。

バーサンは、二週間に一回、3日ほど帰ってくるだけ。
あとは、ショートステイにお願いしている。
実質、家に居る時間より、施設にいる時間の方が長い。
これで「在宅介護人でござい」なんて口幅ったいのだけれど。
バーサンの在宅中は「おはようからおやすみまで」べったり手がかかる。
ひとつことを済ますと、すぐ次の事をしなくてはならない。
いいんだ、それは。覚悟しているから。納得してるから。

モグが睡眠障害で昼夜逆転、寝てて手伝ってくれないとか、
Gサンが、ふらっと出掛けて帰ってこない、
介護の大仕事が終った後で、まさに終った直後に帰ってくるとか
そんなことは、気にしないようになった。
自分がやるだけ。
自分一人でやると腹をくくったから、気持ちは楽のはずなんだけど。

バーサンをショートステイに送り出した後、体に来る。
前々回は、腰・背中・肩・首、一枚板のようにガチガチに凝り過ぎて
昼寝したら楽だろうな、と思っても寝られなかった。
(整体マッサージでなんとか肩が動くようになったっけ)

前回は、送り出した後、昼寝。
タイマーセットして33分33秒寝るつもりが……起きられなかった。
起きなくちゃ、と思うのに、体が背中が布団から離れない。

バーサンは、帰るたびに足がむくんでいる。大腿部も。
マッサージしてマッサージして、なでてなでて、ようやく腫れが引く。
施設で、その対応を望むのは無理、人手が足りず、忙しそうだもの。
家に帰って、バーサンは、ほっこりと笑顔になる。

食はだんだん細くなっている。
ミキサー食のべとべとのを、おさじで一口ずつ。
補水液にも、ほうじ茶にも、トロミ剤をを入れて。
ようやく口にいれても、むにゃむにゃと噛んだあげく
飲み込まずに、口の脇からぶちぶち出す事も多くなって
食べても、腸からの栄養の吸収能力が落ちてきているという。
ずいぶん、やせてきた。
浮腫みがなければ、木の枝のよう……。

わたし、覚悟ができていない。
もう、そろそろ……だと、客観的に見て
いつ「その日」が来てもおかしくない、と
分っているのだけれど、覚悟ができていない。

わたしの体を気遣って
「施設に入れたら?」と言ってくれる友もいる。
「ふんぎりがつかないんです」と、
この間の、精神科クリニックの受診の時に話したら
「ひだまりねこさんが倒れては何にもならないんですからね」と先生に言われた。
(介護鬱での精神科も3年になる。薬なくては体が動かない)

そう……
どうやっても、だれも、文句は言わないと思う。
姉も以前から、わたしにまかせたと言ってくれている。

だけど……だから、踏切りがつかない。
ここまできたのだから…とおもう。
かといって、膝で看取る、という覚悟もできていない。

バーサンは、浮腫みの来ているバーサンは
骨に皮を着せて、水を入れたみたいにみえる。
でも、おしゃべりするのよね。意味が分らないけど。
ほっこりと、笑顔をみせることもあるのよね。

バーサンがいないとき、わたしは楽だ。
やりたい事が出来る。ボランティアもできる。
内職も、能力不足だけれど、やろうと思えば出来る。
だったら……ずっとあずける? 
腹がくくれないでいる。預けたら、あとで後悔しそうな気がする。

郵便屋さんが年賀状のご用聞きにくる。
年賀状、どうしようか……。
バーサンは年末まで生きているか?
正月を祝う事が出来るか?
また、3.11以来、わたし、気分が落ち込んで
まだ復興もできていない今、賀状で祝う気にもなれない。

それでも、おなじみの配達の方に押されたように
年賀状の予約を、すこしだけした。
カーボンオフセットの寄付金のついたもの。
でもでも、賀状の文案がわからない。寿ぐ心が湧かない。
わたしが賀状を出す先で、被災された方はいない。
でも、仙台や遠野や、大震災の被災地の方々はいる。

バーサンの事と、東日本大震災のこと、原発の事
心は晴れ晴れとはしにくい。
どうしたら良いのか………わからない。
だれも、だれも「ひだまりねこの好きにしたら?」と言ってくれる。

有り難い事だけれど
人の命を、人の最期のありようを決めるという事は
(って、わたしが決めて決められるものでもなく
 神というか、大自然の流れの中だと思うのだけれど)
そのありよう、あり方、どこで、どう…………
………、つまりは、わたし、考えたくないのね。


やったことは やりたかったこと
やらなかったことは やりたくなかったこと

工藤直子のことばが、身にしみる夜
by hidaneko | 2011-11-14 23:38 | かいご | Trackback | Comments(0)


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