自分用メモ・リスクのとらえ方と伝え方

もうひとつ、今夜出あったブログ。
友だちの元薬剤師さんが「激しく同意」といって
チェックしていた、小児科医の女医さんのブログです。
こちら「リスクのとらえ方と伝え方」

ーーーー引用、ここからーーーー
今、福島の子ども達は、
「あなたがたは、将来がんになる」
「あなたがたは、将来まともな子どもを持つことができない」
と宣告されているに等しい、という状況にさらされていることを、どうか想像してみて欲しい。

しかもその確率たるや、自然発生に比べても微々たるもので、
ほとんどは問題にならないであろうと、疫学的には考えられているにもかかわらず、だ。

  (中略)



例えば、
「1%でもリスクがあるのだから、安心はできない」 と伝えるのと、
「リスクは1%だけれど、99%はおそらく大丈夫だよ」 と伝えるのと、
内容は、同じだ。

どちらが、人に優しい?
安心を与えることは、騙すことだろうか?

これから10年・20年・30年にわたって、
「いつか、がんになるかもしれない」という不安をかかえて成長することと、
「もしかしたら、がんになることも万が一にはあるかもしれないけれど、
 ほとんどは大丈夫」
と信じて成長することと、
どちらが、子どもにとって幸せだろう?

ーーーー引用、ここまでーーーー
(一部、行間が開きすぎて分かり辛いところを詰めました)

引用元のブログは長い文章です。
けど、引用では伝えきれない事も書いてあると思うし
コメント欄の書き込みへのレスも読んで欲しい。
(って、自分用メモと言いながら、
このブログの読者を意識してる自分(^^ゞ)

確かに、書かれている通り、一般人のわたしの知識は
ネットや、マスコミ媒体や、本や雑誌を通じての事だ。

わたしも、子供たちに必要以上に不安を与える事はないと思う。
心配は、大人がしてやればいい。

けど、子供たちだってネットやマスコミに触れいている事はおなじ。
煽るつもりはなくても、安全性について危惧する人もいるし、
そういう意見に接したら、子どもも自分の健康について不安になるのは想像がつく。

立場が違えば見方、見え方が違うのは、ふいづさんのコメントにもあったけど。
リスクの伝え方について、安全性について、語るのと
だから原発はあっていい、ということは別だと思う。

リンクしたブログのネタから、離れていくけど・・・(^^ゞ

20ミリシーベルト
病院でレントゲン室など「関係者以外立ち入り禁止」という区域の制限だという。
そこでは飲食は禁止、用事が終ったらさっさと退室、だと聞く。
そういうところで研究や治療に従事して、終ったら安全な家に帰る人と
そのレベルのところに住み続けるのとは、訳が違うと思う。

20ミリシーベルトが10ミリシーベルトに除染されたからって
そこに戻って住んでいい、というのは、やはり乱暴だと思う。

またまた、話が飛ぶけど・・・

引用リンクしたブログのタイトルが「ひまわりの種」
そう言えば、夏の始めの頃、
「ひまわりには土壌の除染効果がある」からと
ひまわりを栽培しようという運動があったけど、どうなったのだろう。
土からひまわりが吸収しても、
放射性物質は無くなる訳じゃないと、わたしは思うのだけど。
種子には少ないと、どこかで読んだけど(あいまいで、ごめん)
茎や葉やどうなんだろう。
枯れた茎に放射能があるように思えるけど、
それをどう始末するのだろう。
[PR]
by hidaneko | 2011-09-09 23:22 | うきよ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://hidaneko.exblog.jp/tb/16533133
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< あれから半年、あれから10年 自分用メモ・小田嶋隆の「私も原... >>