記憶の断片ー2

バーサンこと、Mちゃん。
Mさんに育って、山間部の教師になって……
我が父親、K氏の妻になるのだけれど

どうも、その前に誰かと結婚して、姉のブログによると男児を出産していたらしい。亡くなったらしいけれど。
この辺のこと、わたし、よく聞いてないんだ。Mさんも語りたくなかったらしい。介護が必要になってから、わたしの父親の前に、誰かと結婚していたことは聞いていたけど、男児のことは聞いてなかった。

で、わたしの父親・K氏と結婚したわけだけれど、K氏には前妻との間に三人の子があった。わたしの腹違いの姉・兄・姉だけどね。その子らの母親である前妻は肺病で亡くなった、そのあとにMさんは後妻として入ったわけ。20代の後半だったはず。K氏とは11歳の歳の差。
一番上の姉娘が13歳だったかな? 感受性の強い年齢よね。(うちの子たちも、中学2年生〜3年生、とてもあつかいにくかった)後妻として継母として、亡母を慕う三人の子を育てるのは大変だったと思う。
わたしも大きくなってからのことだけれど、一番上の姉には「あんたの母さんって人は……」と、さんざんMさんの酷評を聞かされたわ。どんなにMさんが酷い女だったか、ってね。
(さもありなん、わたしに対しても、優しい母親じゃなかった。でもそれは後ほど(笑))
ただ、長姉に「あんたの母親に、あの台所をふき掃除させられたから、いま膝が痛いんだ」と60歳すぎた長姉に言われた時は、口あんぐり、だった。だって、その台所、わたしも子どもの頃毎日ふき掃除させられたのよ。長姉にとって40年以上も前の受けたしうちを、還暦をむかえての膝の痛みに結びつけるとは……継母って大変。

だけど、ちょっと離れて見ると、戦前戦後の物のない時代に、夫(これが糖尿病で)と子ども三人養うって大変だったと思う。その間Mさんは、夫(わたしの父親)との間に、女児、女児を産んでいる。でも、どちらも幼児期に亡くしているんだ。昔は乳幼児の死亡率高かったしね。
直子と洋子。どっちの子だったか「そのころは赤ん坊の頭を刷る習慣があってね、あとで良い髪が生えてくるって。そのカミソリで傷がついたのか、それで亡くなった」と聞いたことがある。Mさんは1歳くらいと3歳くらいで、相次いで子どもを亡くしてる。
そのあとに産まれた子・I子ちゃんに、愛が注がれたことは想像に難くない。もう、蝶よ花よ、よ。Mさんにとっては初子みたいなもの。そのあとに、姉Yちゃんと、わたしが生まれているのだけれど。
I子ちゃんがぎりぎり戦中の生まれで、Yちゃんは戦後の生まれだけど、まだ戦後の混乱期にあったと思う。Yちゃんがお腹にいるときも、近郊近在に米の買い出しにいったと、母親Mさんに聞いたことがある。闇米を腰に結び衣服で隠し、舟に乗っての帰り道、憲兵が妊婦だからと見逃してくれたとか……。
育ち盛りの子どもをかかえ、あの時代はどこの家でもそうだったろうけど、母親Mさんも大変だったと思う。とくかく食べさせなくてはならない。これは子どもを持たない人には想像も付かないと思うけど。(育ち盛りの子は「空き家に物を運ぶよう」とはMさんの言葉。わたしの子どもが中高生のころに聞いたのだけど。うちでも夕食に多めに作ったおかずを、明日の朝ご飯に、とあてにしたら翌朝にはからっぽ、なんてのもざらだったもの(笑))
物のない時代に、さぞかし…と思う。つまりは、あれほど嫌った継母によって育てられてきたというのはあると思う。まあ「人はパンのみにて生きるにあらず」かもしれないけど。

で、そのYちゃんの下に生まれたのが、わたし。母親Mさん40歳すぎてからの子である。父親K氏はすでに50歳半ば。ふと「もはや戦後ではない」という言葉がうかんで、検索してみたら、それを言われたのは1956年。はあ、わたしも、しっかり戦後生まれでした(笑) 五女だよ〜。先妻の子から数えて五番目の女の子、と思っていたらK氏・Mさんの間に生まれた五番目の女の子、だった。
「ごじょ」って嫌だった。姉Yさんは「わたしは四女。メルビルの白鯨にでてくるヨジョ様って神様なのよ。あんたは、ごじょごじょ」と嗤っていたっけ。

末っ子だったから、かわいがられたでしょう」とはよく言われるけど、そうでもない。父親にも、母親にも「つるたぐり」とよく言われた。芋や南瓜などもう終わりかと蔓をたぐって採れた最後の実のこと。予想もせず生まれてきた、余り物のこと。(男の子が生まれるまで頑張って産み続けたんじゃないか、と思われるだろうが、計画出産だの産児制限などない時代のことですよ。妊娠した子は、さずかりもの、として産むのがあたりまえ。堕胎など罰当たりなこと、と。

父親K氏についても書かなくちゃね、でもまた、あとで。
今、思い出したわ。わたしが3歳の頃に亡くなった祖母がいたんだ。
ということは、母Mさんは、中学生を頭に三人の子がある、11歳年上の病気持ちの夫に嫁ぎ、姑につかえ、自分の子を二人幼くして亡くし、さらに三人の子を産んで、そのうちの一人が若くして亡くなった……わぁ、ややこしや、ややこしや〜♪ 波乱万丈の人生だわ。気が強くなくてはやっていられなかっただろうな。 つづく。
[PR]
by hidaneko | 2010-06-15 00:27 | かぞく | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://hidaneko.exblog.jp/tb/13971861
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< ワールドカップ ホメオパシーって? >>