「蟹工船」読了

今日、図書館へ行ったついでに、
「こんなふうに、注や解説が同じページにない本、ありますか」
とレファレンスをお願いし、閉架書庫ににあった全集の一冊を借りてきた。

よけいな注や文中の[*]マークがないので、すいすい読めた。
文章で描写されていることが、イメージとして脳裏にうかぶ。
夕食後の数時間、炬燵で読んじゃった。

高校時代、文学史で習った時はプロレタリア文学なんて、暗そうで読みたくなかった。
いま読んでも、暗いけど、これが書かれた時代をおもうと、すごいなあ、と思った。
あの時代に、これを書けたということ。書いたということ・・・

実は、読むきっかけになったのは、モグが借りてきたせいもあるけれど
すこし前、「蟹工船」がいま若者に読まれているという新聞の紹介記事に、
小林多喜二の最期、死体と対面する母親の言葉などが引用されていたからでもあった。
その文章を、今日検索していて「ウラ・アオゾラブンコ」で見つけた。

昭和8年2月20日、赤坂で逮捕され、築地署で特高の拷問により殺害される。享年29歳。

新聞記事によれば、二十日午後一時頃、赤坂溜池附近で築地署の手に捕へられた。そして、もうその三四時間後には死んでゐた。(略)
みんなの前に連れて帰られた小林の屍体は、敵の兇暴な手段をはつきりと物語つてゐた。大腿部全体を暗紫色に変へてしまつた非常な皮下出血、手錠のあと、首のなはの跡、両あごとこめかみの何かで突いたあと、その一つをとつて見てもはつきりと認められた。
「心臓マヒで死んだなんて、うちの兄ちやはどこうも心臓悪くねえです」
 くり返していふおつ母さんの言葉のとほりである、
「こゝは命どころだに、こゝを打てば誰でも死にますよ、こゝを打つといふことがあるか」(略)
「小林多喜二の死は虐殺であつた」(『働く婦人』編集局)昭和8年4月


わたしは、やっぱり、プロレタリア文学はきつくて読みたくない感じだけど
(いま精神的にきついから、シゴトで資料を読む他に読むのなら、楽なのを読みたいので)
だけど、表現の自由、思想の自由は、守らなくちゃと、これは強く思っている。
(あ、チャイルドポルノとか他者の人権を踏みにじるようなのは絶対やだけどね)

わたし、政治のことはよく分からないけど、
自由に呼吸のできる、ふつうの暮らしをまもっていきたいだけ
思想の弾圧とか、赤狩りとか、拷問とか、もう繰り返して欲しくない。

今日借りてきたのは全集の一冊だから、他にも作品がはいっている。
これ一冊くらい、ちゃんと読もうかな、と思ってる。
[PR]
by hidaneko | 2009-01-28 23:01 | うきよ | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://hidaneko.exblog.jp/tb/10233537
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by さすらいのbloger at 2009-01-29 19:22 x
我が青春のころ、人並みに多喜二に代表されるプロレタリヤぶんがく、啄木歌集のびんぼう物語を紐解いたけれどわが身がその中にあっても馴染めませんでしたね。
最近読んだ島本理生氏(1983~)の「波打ち際の蛍」は、若さのみずみずしさが懐かしい。前川麻子氏(1967~)の「すきもの」にはヘトヘトにお疲れ遊ばしました。
Commented by hidaneko at 2009-01-31 11:44
>さすらいのblogerさん

すごい。ずいぶんと色々読んでいらっしゃるのですね。
むかしはそれでも友だちに引きずられて、すこし読んでましたが、
最近のは、わたし、あまり読んでないですね。
直木賞や芥川賞のも、近頃はぜんぜんです。


<< 賞味期限(ホットケーキミックス... 蟹工船とドリトルと >>