1月2日・家族団欒(?)

昨日、アリさんが来て、
今日午後、R君が来てくれた。

R君の車で、アリとわたしと、バーサンの病院へ。
バーサン、孫の顔も分からないみたいだけれど、にこにこしてた。
人がきてくれて、手を握ってもらうと嬉しいみたい。
日本語と分かる言葉を話してて、目の光もふつうで、
R君が、看護師さんの病状説明を一緒に聞いてくれた。

それからふたりは、べつべつにショッピングやお茶して
わたしは帰って夕ご飯のしたく。
久しぶりに家族5人で夕ご飯を一緒に食べたけれど
Gサンは食べ終わるとすぐに自室へ。
モグも、イヤホンで音楽を聴きながら自分の食器だけ洗って2階に消えた。

家族団欒・・・・する気、したい気もないのかな。

わたしは、アリとR君と、いろいろ話せて良かった。
わたしの体調、服薬の状態、介護してる気持ち・・・
延命処置は必要ないと医師と確認しあって
ただ、穏やかに最期を・・・と。



わたしは・・・
「ほんとは、わたし、暮れにバーサンが施設で嘔吐したり
食べられなくなって「施設では預かれません」と言われた時、
家に連れて帰ろうかと思ったの。
点滴とかしなくても(血管がにげるし、もろいし、針も入れにくいのを知っているから)
家でようすをみて、おかゆでも、エンシュアでも食べられるだけ食べてもらって
・・・・そういう風に、しようかと思ったの。

「でも、施設では、医師の診断を受けるように言うし
病院へ行けば、当然、点滴だの入院だのと言うことになるし・・・
もう、じゅうぶん生きたし、いいよ・・・という感じ。

「ただね、家に引き取ったとして、じぶんが、ちゃんと看られるか自信がない。
今の、自分が体力回復期みたいな状態では、介護しきれないから
結局、病院のお世話になって・・・いつ急変しても覚悟はしてるけど」

そんなことを、ぽつぽつ話していたら、アリが慰めてくれた。
「大丈夫だよ、母さんがこれまで、もう十分してきたこと、分かる人は分かるから」って

R君が、「それにしても、丈夫だよな」って。
「そりゃ、あちこち、故障はあるけれど、(大動脈瘤とか抱えてるけどね)
心臓も肺も全体的に丈夫で100歳とは思えないよ」って。

それから、Gサンのことや、モグの将来、家のこと、これからのこと・・・・・
今、わたしがいろいろ抱え過ぎて、考えがまとまらないから、
これからは考える手助け、相談にのってほしい・・・・と。
本来なら、Gサンに相談するところ、話しかけてもにげられてしまうので。

身長173cmと184cmと、身体もでかくなったけど
ずいぶんと大人になって、精神的にもたくましくなって、頼もしい。
親がダメだと、子が立派に育つっていうけど、ほんとだね。
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by hidaneko | 2009-01-02 22:31 | かぞく | Trackback | Comments(5)
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Commented by チカ at 2009-01-03 21:09 x
>ずいぶんと大人になって、精神的にもたくましくなって、頼もしい。

よかったですね。頼るとまた、その分たくましくなってくれるみたいですよ。

>ただ、穏やかに最期を・・・と。

自分一人でこんなに大事なことを決めていいの?ということが心のどこかにあると思います。
我が家の場合、姉が母のことを面倒見てくれてて、
姉が「こうしようと思うの?」って言った時、
あたしは「そうやね。それでいいよ。」と言ってました。

もしこれが逆だったら、母も安心して逝けなかったとおもう。
姉が面倒を見てくれてたから母も穏やかな最期を迎えることができたんだと思うんです。
そして、きっと、ひだねこさんちの場合も、
お母さまの世話はひだねこさんにと神さまが選ばれたんだと思うんです。
他のだれでもない、ひだねこさんしかいない。
お母さま、ひだねこさんに看て貰ってすごく喜んでおられると思います。
だから、自分の思うように自信をもってお母さまを看てあげてください。
ひだねこさん自身の体のことも気をつけてくださいね!
睡眠は取れるときにとってくださいね。
今年もよろしく~!




Commented by hidaneko at 2009-01-03 22:23
>チカ

ありがとう。うるうる読みました。
今日は我が家(というか、私自身にとって)の介護記念日でしたし・・・
Commented by さすらいの at 2009-01-04 11:51 x
常々思うことなのだけれど今のお年寄りはどうして謙虚さがないのだろう。伯母は針仕事で5人の子を育て寒参り(日蓮宗が23時ごろ町内を太鼓を叩いて歩いた)を聴きながら洗濯をしたという。生活苦を一言も言わなかったのに認知症になったら「誰のお陰でおおきくなった!」と怖い目をして叫んでいた。脳内で何が変化をもたらすのか、それまでの生き方を根底から崩していく姿は哀れでさえある。私が呆けたらどうなるのやら。施設で働く知人がプロ根性を持たないとやってらんない!とこぼす。有難うの言葉が出るのはほんの一握りであると。

服薬の記録はしておくとやがて薬とサヨナラをする手助けとなります。
Commented by hidaneko at 2009-01-04 18:34
>さすらいの さん

ボケ方は人さまざまですね。うちの場合は、穏やかなボケ方で幸いでした。
学校が好きで、若い時教師をしていたせいかボケてきても、
「今日は学校へ行く日だったね」とか・・・・。
先妻の子が3人いるところへ後妻にきて、戦時中に苦労もしたはず。
自分の子を5人産みながら、2人は幼くして亡くし、愛娘にも先立たれ・・・。
でも、ボケてから苦労話を聞いたのは、
http://hidaneko.exblog.jp/1089039
この一回だけでした。
「○○子が死んだ」と泣かれたことは、数えきれないくらいありますが。
(バーサンが老後を託していた上の姉。21歳のある夜ふつうに「おやすみ」と寝て、翌朝冷たくなっていたのでした。第一発見者はバーサン)

本が好きで、今がいつなのか、時間が分からなくなっても、本のことは覚えていたり。
http://hidaneko.exblog.jp/3700858
http://hidaneko.exblog.jp/6226450
本を読んでいたのも1年半前。
最近は、本当にいろいろ分からなくなってるようで、うつらうつらと寝ていることが多くなってます。
Commented by hidaneko at 2009-01-04 21:40
追記:

介護がきれい事では済まないこと、かずかず体験してきました。
バーサンだってわたしだって、いつも笑顔でいたわけじゃない。
バーサンは自分の状態、歩けないとか介護されている身を嘆いたり
「死にたい」と言った事もあり、「それじゃあ死ねば」なんて私も返したり。
腹の立つことも沢山あり、泥水を飲むような苦いこともありました。

でも、それはまだ憤る元気があった頃のこと。
身体の衰えと同時に、「いい具合に」と言ったら悪いけれど、
頭の方もボケてきて、シモの始末をひとにまかせる恥じらいも薄らぎ
介護するこちらとしては、心理的には楽になったと思います。
身体のほうは大変になりましたが・・・・

でも、ボケても「ありがとう」とか「なんまんだぶ(南無阿弥陀仏)」とか
・・・あ、そうか。だからバーサン、施設でも可愛がられるんだ。
機嫌のいい時は、手を振って踊るそぶりをしたりして。
「可愛いですね」って言われるんだ。
本当に、ありがたいことです。


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