医療のことで・・・

ネットでこんな記事を見つけたので、昨日の続きで医療のことを考えてしまった。
2008年12月28日 02時30分 ( 2008年12月28日 03時17分更新 )
<軽症救急患者>15病院で特別料金
 夜間や休日の「軽症救急患者」から「特別料金」を徴収する病院が増えている。1000円未満から8000円以上まで多様だが、健康保険の対象外で患者が直接払う。緊急性のない患者を減らして医師の負担を軽くし、重症者の治療時間を増やすのが狙いだ。一方で重症者も受診を控える懸念があり、「貧富で医療に差がつく」との疑問もある。このため幼児から徴収しないなどの配慮も出ている。【渋江千春、日野行介、高木昭午】(以下略)

救急患者の「たらい回し」という言葉、少し前は使われ、最近では「受け入れ拒否」とも言われているみたいだけど、それってちょっと違うと思ってた。
「受け入れ不可能」と言った方が近いんじゃないかな。受け入れたくても、無理、ってこと。
一部には「医は仁術」なんて言葉をひっぱりだして「医師のモラルの問題」とか、
「満室でもとにかく受け入れろ。ベッドがなかったら廊下でもなんでもいいから」なんて無茶も聞いたけど。
(受け入れて、何かあったときには、医師の逮捕や刑事裁判も実際にはあったわけで)

「医師の手がふさがってました」「ベッドがありません」と断ったからって、医師の数を増やしたり、ベッドを買い増ししたら済むって問題じゃないことくらい、素人のわたしでもわかる。
例えば、バーサンがショートステイ先から熱発で時間外受診したとき。
・受付のひとがいる
・外来の緊急の看護師さんがいる
・当然、お医者さんがいる
・検査技師さんもいる
・レントゲン技師さんもいる
・薬剤師さんもいる・・・・
病状がわかり、入院が決まっても、すぐ病棟へ上がれなかったこともあった。
「ベッドはあるんですが、入院病棟の看護師の手がたりなくて、受け入れ準備ができないんです」って。
わたしが見ただけで、最低限これだけの人が関わってくれている。
CTだのMRIだの、手術だのってなれば、当然もっと沢山の人手がかかってくる。
正規の診療時間でも人手が足りないのに、
夜間の急患のために夜勤や当直やオンコールを用意しておくってのは・・・
お医者さんにしても、診療科目が違えば受け入れられない訳で・・・・
勤務医の労働状況はほんときびしいようです。
といいつつ・・・・・。

すみません、100歳のバーサンで。
某医師のブログへのコメントで
「緊急患者を治療して、治って社会復帰する人ならやる気も出るけれど・・・」とあるのを読むと、
ほんと、ごめんなさい、と思ってしまうのです。

また、別のコメントで------
>救急需要の増加
の背景として、療養病床の削減と在宅医療の推進というのがあって、従来、老人病院や療養病床に入院していたような胃瘻なんかの患者さんが在宅で過ごしていて、肺炎などを起こすたびに救急車のお世話になっていることも大きいと感じます。従来は、療養病床から一般病床に院内の移動ですんでいたものが、肺炎を起こすたびにいちいち自宅から救急車で病院に入院して、2週間くらいしたら落ち着いて退院してまた在宅の繰り返しで、そのたびに救急車のお世話になることになります。

介護タクシーなどの利用を促そうにも、ちょっと熱があったり痰が多かったりすると、「なにかあると責任もてませんので私たちは運べません。救急車呼んでください。」と言って帰ってしまう介護タクシーが多いです。
----------
はい、こういう使い方、したことあります。すまないと思いつつ、
でもやっぱり、年寄りでも家族だからね、苦しんでいたら診てもらいたいと思ってしまうのです。

「終末医療」を検索したら、Wikipediaの「ターミナルケア」がヒットした。
ターミナルケア(Terminal Care)とは、末期がんなどに罹患した患者に対する看護のこと。終末(期)医療、終末(期)ケアともいう。 ターミナル(Terminal)は終末という意味である。
主に延命を目的とするものではなく、身体的苦痛や精神的苦痛を軽減することによって、人生の質(QOL)を向上することに主眼が置かれ、医療的処置(緩和医療)に加え、精神的側面を重視した総合的な措置がとられる

そう、うちはガンじゃないけれど、死を看取る気持ちは一緒。
「身体的苦痛や精神的苦痛を軽減することによって、人生の質(QOL)を向上すること」
つまり、そのひとらしく、最期を苦しまずに穏やかに・・・と願っているわけで。

でもそれは、常に死と、死に行く人と、向き合っている訳で・・・
ホスピスなどのプロは立派だと思うけれど、在宅で看る家族は
やはり、心細いというか、精神的にもしんどいことあるのよね。

と、いいつつ、もうひとつお正月を迎えることが出来そうで
昨日、ようやく年賀状の制作にかかった、ひだまりねこでした。
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by hidaneko | 2008-12-28 12:28 | うきよ | Trackback | Comments(2)
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Commented by 都筑てんが at 2008-12-29 18:52 x
10リットルまでの水しか入らないバケツには、11リットルの水は入りきれません。

1リットルの水がこぼれてしまった事で、周囲の人間が「なんだこのクソバケツ!」と足蹴にしたら、

バケツが凹んで、10リットル入れられたはずの物が、9リットルまでしか入らなくなりました。

…っていうのが、今の日本の医療崩壊(ていうか医療破壊)の現状。

教訓とかそういう以前の問題。

…。
……。
………。

…命を救うバケツ…使い物にならなくなるまで足蹴にされるのでしょうか?
Commented by hidaneko at 2008-12-29 21:41
>筑紫てんがさん

コメントの主旨がわかりませんでした。
リンクを辿ってみたら、コピー&ペーストでしたね。それでも意味不明でしたが。
ひょっとして、患者・需要を水に、病院&医師・供給をバケツにたとえているのでしょうか?
わたしは、医療に携わっている最前線の方々を批判、批難するつもりはありません。
あなたの言い方でいうと、バケツを蹴る?つもりはありません。
人を大切にしない医療・福祉行政に腹を立てているのです。
人を水に例えるのはすごく違和感があるのですが、
バケツに入りきれないというのなら、大きなバケツにすればいい。
他をやりくししてでも・・・と、そう思っています。


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